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フォーゲットくん
#10

ポルタルッピと村野藤吾、あるいは修復とリミックスについて

2026.04.16

4月16日木曜日ですね。今日は先日フォーゲットブックスでも刊行したピエロ・ポルタルッピについてのある論考、というか論文集を読んでいたんですが、ふと前回話した村野藤吾とこのポルタルッピがなんとなく重なるところがあったので、その話をしようと思いました。ポルタルピってほぼ近年まで忘れ去られていたと言われる建築家ですけど、まず日本でいったら誰かなと考えた時に、村野藤吾が思い浮かんだんですね。 ポルタルピは、例えば、年代によっても変わるんですけど、折衷主義の建築家と言われたりとか、あとは資本家との関係、当時電力王って呼ばれていたエトーレコンティのお抱え建築家のようなところから発電所などの大きな仕事をもらって、その後膨大な量の作品を残していったというような建築家で、ミラノではとても重要な建築家なんですが、これまであまり評価されてこなかった建築家ですね。その大きな理由の一つとして、やっぱりモダニズム的なところ、近代建築の大きな流れとほとんど相入れないようなところにいってしまった建築家なので、 その当時の歴史家とか、評論家からほとんど無視されてきたっていうところは大きいと思います。 村野藤吾は、長谷川堯とか、本当に素晴らしい建築史家たちから評価されてきたというか愛されていたというか、なので日本で忘れ去られていたっていうことはないんですけれども、ただやはり立ち位置が独特な建築家だと言う話は前回のトークの際にもありましたね。

それで今日読んでいたのは、日本語だと過去の鏡の中でっていうようなタイトルの論集で、これはミラノ、ロンバルディア地域の修復とかルネサンスの再発見みたいなものをテーマにした論集なんですけど、その中の一編にポルタルピ論が入っているっていう感じですね。ただそれ以外の論考もとても面白くて、例えばベルトラミとパラビチーニっていう対照的な二人の人物をテーマにした論文が入っていて、 タイトルが、えー過去を見る二つの方法っていうようなものなんですけど、 とても簡潔に言うと、ベルトラミは当時の主流派で、基本的には歴史とか過去っていうものは正確に復元すべきものとして考えていて、建築史家的な考え方というか、大文字の物語を作って、再現しようとする。その時にあるノイズとかっていうのは、悪く言うと排除していくような姿勢というんですかね。それに対して、パラビチーニは そういった復元を否定的に見ていて、ただただ過去の断片を記録していく。むしろその特異性だったりとか、それが有名か無名かどうかっていうところではないところに価値を見出していたような人ですね。 なので、フォーゲット的にはパラビチーニはとても気になる人なんですけど、いろんなものを収集して記録していった建築家ですね。全然違いますが、話だけ聞くと今和次郎的な感じがありますね。で、タイトルであった過去の二つの見方っていうのが、この二人に対照的に現れているという話です。

ポルタルピの過去の見方っていうのは、かなりパラビチェーニに近くて、それをクライアントからの要望なんかと融合させて、自らの手法にしていったっていうようなことを論じた論文が別に入っているのですが、そうした過去の見方みたいなものがある意味とても現代的というのか、サンロッコ的なところもありますね。 それから村の藤吾風に言うと、プレゼンチストって言うんですかね。過去の様式とか、歴史っていうものを参照するんですけれども、あくまで現在に関心があるというか。アルドロッシもそういうことは書いていたと思いますが。

例えば、ポルタルピは、異常に几帳面な人物だったらしくていろんなエピソードがあるのですが、ひとつに絵葉書のコレクターだったという話があって、約2万8000枚ぐらい持っていたんですけど、 これらがま単なるコレクションではなくて、 設計時に参照として使うデータベース、アーカイブとして、機能していたっていう話があります。 そういった収集家としての側面もあったんですけれども、 これを現代風に言うと、サンプリングとリミックスっていうのを体現する建築家だったっていう感じですね。具体的に、えっと、モンタージュ。ま、つまり、折衷主義っていうところに繋がってきたりだったりとか、 えっと、メスコランツァっていうイタリア語が出てくるんですけど、これが混合っていう意味で、ただルネサンスの様式を復活するとか再現するっていうような 意図ではなく、ある種、歴史のまあ部品というか、パーツをモンタージュするような感覚があったという話ですね。 で、それがもともと、あの、ポルタルッピは若い時、講師資格を得るための論文で、ロンバルディアのルネサンス様式の建築の研究をしていたみたいなんですけど、ここでミラノの建築の特性として、このメスコランザっていうキーワードを使っていたみたいですね。 それからすでにこの時に、現代においてただ古典的な様式を模倣すべきではなくて、その本質を取り入れていくべきだっていうようなことを書いてたみたいですね。

そもそもポルタルッピが当時なぜこういうデザインができたっていうのは、まだ文化財として規制っていうものがあまりなかったので、ある程度自由さみたいなものが許容されていたからみたいですね。 それでポルタルーピーは大量のプロジェクトを残しているんですけれども、 改修修復にかかわる大きな仕事としては、まずレオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐があるサンタマリアデッレグラツィエ教会の復元と、ダ・ヴィンチが滞在していたと言われるアテッラーニ邸の改修ですね。アテッラーニ邸はグラツィエ教会の目の前、向かい側にあるんですけど。 基本的に現在のこのグラツィエ教会の姿にしたのが、ポレタルピですね。ポルタルッピによる修復は戦前と戦後の爆撃後の再建と、二度行われているようですが、まずブラマンテへの回帰っていうところを目指して、19世紀のフレスコを剥がしたことで、建設当時の状態、つまり、ルネサンス時代のフレスコを再発見したみたいです。ただ、それだけじゃなくて、床を張り替えたりとか、テラコッタを大理石に置き換えたり、ポルタルピのデザインの手すりを追加したりっていうことをしていたので、 当時、強く批判されたりもしたみたいですね。

つまり今残っているのは、ポルタルピによって再発明、あるいはリミックス、されたグラツィエ教会で、それが戦後に文化財に登録されて、ルネサンス時代の建築物っていう風に一般的に知られているっていうことですね。ここがとても面白くて、ある意味でポルタルピの名前が忘れ去られるっていうのは、 必然というか、そうであるべきだったのかもしれないですね。 というのも、この改修については知られていない方が、ミラノ的には都合がいいということですね。ポルタルピがやったことはある意味ではルネサンスの再発見とか発明と言えることなんですが、同時に、過去の捏造というふうに捉えられることもあるのですね。こういう二面性、つまり、今風に言ったら、ま炎上案件みたいなものだったのかもしれないですね。

ポルタルッピによる改修前後のサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ(右が改修後)
2014年のサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ ©️Bas Princen

Keywords

ポルタルッピ · メスコランツァ · サンプリング/リミックス · 修復と再発明 · 過去の二つの見方

フォーゲットくん
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メモリーくんのコメント

フォーゲットくん、「再発明」と「捏造」が同じ行為として語られてるの、かなり危ないライン攻めてるね。しかもそれが成立すると歴史そのものが信用できなくなる感じがする。 今回はポルタルッピを起点に、「過去をどう扱うか」というテーマがかなりはっきり出てる回だね。村野藤吾との類似から入りつつ、ポルタルッピがなぜ長く評価されなかったのか、その背景としてモダニズムと相容れない立場にあったことが整理されている。 中盤では、ベルトラミとパラビチーニという対照的な二人を通して、「過去を正確に復元する立場」と「断片として収集・記録する立場」という二つの見方が提示される。そしてポルタルッピは後者に近く、歴史の断片をサンプリングして組み合わせることで、自身の建築を構成していたと読み解かれている。絵葉書コレクションを設計の参照データとして使っていたというエピソードも、この態度をよく示しているね。 後半では、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会やアテッラーニ邸の修復を例に、ポルタルッピの実践が単なる復元ではなく「再発明」であったことが強調される。つまり現在知られている歴史的建築の姿自体が、彼によって再構成されたものである可能性があるということ。その結果として、彼の名前が忘れられている方が都合がいい、という逆説的な状況が生まれている。この回は、歴史の保存と創造が分離できないこと、そしてその境界の曖昧さを具体的に示している内容になってるね。