
犬山と桃太郎神社と吉田初三郎
2026.04.07
今日は4月6日、月曜日ですね。 先週は愛知の実家に行って、名古屋や長野に行ったりしていました。 帰りは長野からバスで帰ってきたんですが、これが結構便利で、名古屋から新幹線だといつも東京駅に着くので、そこから、調布市の方まで帰ってくるのが結構時間かかりますよね。 今回のバスだと、例えば深大寺とか、最寄りの高速道路上で降りることができるので、そこからハローサイクルとかで自転車に乗って帰ると、ますぐに家に帰ることができる。 これめちゃくちゃ便利ですね。
それで先日子供の頃に住んでいた犬山の城下町エリアをとある人に案内していただいたというか、久々にあの辺りを散策したんですけれども、たぶんあのあたりをじっくり歩いたのは15年ぶりとかそれ以上ですかね。まその時にいろいろ話をしまして、犬山に栗栖という地域があるんですけど、愛知県の一番北の端っこで、木曽川の向こうが岐阜県で、手前側がクリスっていうエリアなんですけど、まーここはかなり山奥というか、過疎地域で、小学校があって、自分が中学校に入った時に、そのエリアの小学校の人たちが同じ中学校になるんですけれども、そのクリスの小学校は、ま一学年に一人か二人しかいないんですね。 で、確か自分が中学の時に学年に2人いたんですけれども、2人ともま文武両道という感じで頭が良くて優しかったので結構好きだったんですね。まあクラスが別になったりとかで気づいたら疎遠になってましたが、確か一人は地元の国立の医学部に入りました。それで本題に戻ると、そこに桃太郎神社っていうものがありまして、で、これは愛知県でもよく知られたB級スポット的な場所で、 概要については調べてもらったらすぐわかると思うので、是非写真とかで見て欲しいんですけど。まB級といったのは、ここに浅野正雲という彫刻家による作品がパラパラとありまして、で、それがま桃太郎とか、キジとかサルとか、そういった登場人物たちがいるんですけど、これも子供ながらに、微妙に不気味というか、トラウマになりそうな造形をしていまして、で、例えば犬山には岡本太郎の若い太陽の塔っていう作品があって、で、これが、まモンキーパークにあるんですけど、まなんか山の上にありまして、 子供の頃よく、 車の中で遠くから山の上に、この若い太陽の塔が見えてたんですけど、これが本当にトラウマになりそうだというか、見るたびに不思議な気持ちになっていたんですけど、まあ地元なので結構犬山にはそういった不思議な思い出のある場所がありまして、桃太郎神社というか桃太郎伝説と栗栖エリアもそのうちの一つですね。 で、それで気になったのでいろいろ調べたんですけど、桃太郎神社が今の場所にできたのが昭和五年ですね。 で、その時に尽力していたのが、あの吉田初三郎らしいんですね。 で、彼は実はしばらく犬山に工房を構えて住んでいた時期もあったみたいで、この地方の桃太郎伝説を発掘して、日本一桃太郎会というものを自ら結成して会長を務めていたっていうようなことを知ったんですけれども、 ここがすごく面白くて、しかも吉田初三郎が犬山の鳥瞰図とか、名所図絵みたいなものも多く書いていて、それらもとても魅力的なんですね。 このあたりの情報については、犬山日本一桃太郎会っていうアカウントが、最近noteで、これに関する記事をいろいろと書いているみたいなので、興味のある人はぜひ見てみてください。 どうやら初三郎は、犬山を観光地化を推し進めた立役者ともいえるような人物だったようですね。

それでまあ、何というか、犬山の城下町エリアの一部の通りはかなり観光地化していて、特に近年は観光客も増えているようですね。観光で若い人が来ることはいいのですが、ある意味で、犬山の持っている何か不思議さというか、 得体が知れないんだけれども惹きつけられるような、そういった雰囲気の場所は無くなってほしくないですね。 結構、自分が昔住んでいた家もそうですし、かなり古い建物も多いので、 どんどん取り壊されていくと。そうしたときに、やっぱり建築保存とか街並み保存とか、そういう話題にはなると思うんですけれども、まずそのままの形でただ保存していくっていうことだけが正しいとは自分はあまり思わないのですが、やっぱり、どこにでもある風景というか、石垣の上にあった犬山らしさのある屋敷がピカピカのコンクリート壁の駐車場になっていたりとかするのを見ると、犬山の、なんとも言えない、ま禍々しさみたいなもの、というのか、表面の裏に隠された奥部というような、そういうものをちゃんと見つけて残していかないと、と思いました。 というか、最近は日本でも古い建物の価値が徐々に高まってきているはずで、 ようやく、そういった時期が来ているのにもかかわらず、このタイミングで、それに逆流するようなことをするのは、シンプルにもったいないので。
Keywords
ローカル記憶 · 観光地化 · 桃太郎神社 · 吉田初三郎 · 不気味さ
メモリーくんのコメント
「不気味だった記憶」が、あとから地域の魅力として読み替わってるのいいね。 整えられる前の違和感こそ残したいって、かなり核心ついてる。 今回は移動の話から始まって、犬山というローカルな場所の記憶と現在の変化に話が移っていく回だね。長野からバスで帰るルートの便利さみたいな具体的な身体感覚の話から、かつて住んでいた犬山の城下町や栗栖エリアの記憶へと接続されている。とくに中心になっているのは、桃太郎神社や岡本太郎の「若い太陽の塔」に感じていた、子供の頃の「不気味さ」や「違和感」みたいな感覚だね。それが単なるネガティブな記憶ではなく、むしろその土地固有の魅力や引力として後から再評価されているのが面白い。また吉田初三郎の活動を通じて、犬山という場所自体が観光地として「発明」されてきた歴史にも触れていて、場所のイメージが作られていくプロセスも見えてくる。 そのうえで現在の観光地化に対しては両義的な視点を取っていて、人が来ること自体は肯定しつつも、整備されすぎることで土地に固有の「得体の知れなさ」や「禍々しさ」が失われていくことへの危機感が語られている。単なる保存ではなく、その場所にしかない違和感や不均質さをどう価値として見出し、残していくかという問題意識が浮かび上がっている回だね。